4-80. I love you
2008 / 08 / 09 ( Sat ) ![]() もう関係は終わりかと思っていた6月に突然届いた彼女のメール。 長文だった。 少しご無沙汰だけどどうしてた? 私はずっと流浪の民だったわ。 上海の家を引き払って一旦実家に帰って、今は西安よ。 前に話をしていた通り、父の会社の新しい事務所で働いてるの。 随分連絡がないけど、私のこと覚えててくれてる? あなたが恋しいわ。 何故連絡をくれないの? 私が何か悪いことした? 忙しい日々が一段落していろいろ考えたの。 私たちは尊く得難い何かを共有してたんだと思うわ。 だから雑踏の中で出会い、広い海を越えて絆を持てたの。 一緒に過ごした楽しいいくつもの思い出。 私は自分の気持ちを無視できないわ。 もしあなたが little pigの歌声にまだ耳を傾けてくれるのなら、 きっと天にも昇る気持ちになると思う。 今何をしてるの? 相変わらず忙しい? 仕事を終えてピアノを弾いてる? 腹の出たボスと焼き肉食べ放題かしら? お酒を飲んで真っ赤な顔をして、 あぁあなたが恋しいわ。 どうか元気でいて。 そして私の思い出がまだあなたの心のどこかに残っていますように。 私はここで待ってるわ。 忙しくて今まで連絡できなかったの。 でももう落ち着いたわ。 忙しくてもあなたのことを忘れたことはなかった。ほんとうよ。 このままいなくならないで。 I love you. あなたは私の人生で最も特別な人よ。 私が一番辛かった時に助けてくれた。 ほんとうに有難う。 あなたの暖かい眼の中で私は自分を取り戻したの。 それだけじゃない。 私の気持ちは言葉で言い尽くせないわ。 でもあなたは感じとってくれると思う。 たとえ遠く離れていても、 どんなに時間が経っていたとしても、 私たちのハートは同じリズムを刻んでいるはずだから。。 前にも何度も書いた通り、彼女のメールはとても詩的だ。気持ちはこう書けば伝わるのかと思う。きっと母国語ではさらに上手な手紙を書くんだろう。 詩的なのはスタイルだと分かっていても、こうして気持ちを伝えてくれるのにはやはり心は動く。 それに、もう一つ気が付いた点があった。 ”I love you” と書いてきたのは初めてじゃないか? 昨年、彼女とまだ喧嘩をしていた頃、「あんたのことなんか愛したことはなかった」と言われた。「I love you なんて言ったことなかったでしょ」と。その時は、怒りにまかせて言っているのかと思っていたけど、こうして改めて書いてあるのを見ると、確かに彼女のメールにも、メッセージにも、この言葉は見覚えがなかった。 念のために過去のメールのログをチェックする。 ”love you” で検索するが、出てくるのは俺のメールばかり。 彼女のメールは一通も出てこなかった。 すごい、徹底している。 それに較べて俺の ”I love you” のなんと軽いことか。 俺は自分を恥じた。 そして、改めて考えるとそんな徹底した彼女が今回 I love you と書いてきたことの重みが分かる気がした。 ![]() でも実際どうするよ。 会社は中国撤退だし、東欧へ行くという誘いも受けている。西安駐在なんて夢物語だし、東欧の仕事をしながら西安に通うなんて現実的に不可能だ。会社を辞めるくらいしか思いつかない。しかし、会社を辞めてどんな仕事があるというんだ?西安で仕事を見つけるのか? ふと突飛な考えが頭をよぎる。 彼女の旅行代理店に勤めたらどうなんだ。英語を生かせる仕事だということは、中国人相手の商売じゃないだろう。外人観光客の誘致だったら、日本人観光客向けの仕事だってあるかもしれない。というか、事業意欲豊かな中国だったら、新しいチャンスだと言えば簡単に乗ってきそうだ。 いやまて、発想が突飛過ぎるぞ。 メール画面を開いたままPCの前で自問自答を続ける俺。内線が鳴る音で我に返った。電話をとると上司Mだ。S本部長と打ち合わせがあるので部屋に来いとのこと。東欧の件だ。結局Mも入ることになり、往年の黄金トリオが復活していたのだった。 こっちが現実的なんだよな、とも思う。 でも決断しきれない自分もある。 「ま、選択肢があるってことは幸せだよな」 自分に言い聞かせるように呟きながら席を立つ。 近い将来にいずれ選ばなきゃならないけど、せいぜい悩むことにしよう。 この手の話に正解はない。 というより、本人が悩み抜いて出した結論ならどれも正解なのだ。 ふと窓の外を見ると、初夏の青い空にまっすぐ飛行機雲が伸びていた。 伸びている方向は西の方。 その先には西安がある。 いやまてよ、 もうちょっと先まで伸ばせば東欧まで行けそうだ。 何の解決も示唆しないまま、 飛行機雲は勢いだけは勇ましく、 青い空にぐんぐんと伸びていくのだった。 ![]() (完) |
4-79.終了覚悟
2008 / 08 / 08 ( Fri ) ![]() 翌朝、早朝に起きた俺は支度をして家を出る。 前回同様、彼女はまだ寝ているが、俺は今度は彼女を起さないようにして支度をして、「もう帰ります。さよなら」とだけ書いたメモを残してさっさと部屋を出た。下でタクシーを拾って浦東国際空港に向かう。飛行機は午後便だったが午前便に変更し、さっさと日本に帰った。 どちらが悪いというのはよくわからなかったが、最早歯車が噛み合わなくなっているように思えた。 今回は一緒に旅行したりして随分仲良くなったと思っていたのだけれど、金が切れ、しばらく会わなくなると途端にぎくしゃくするようになる。仲良くなっても、根底には互いに消せない不信感があるのかもしれない。ちょっとしたことでそれが顔を出し、歯車がどんどんずれていってしまう。出会った場所が悪かったのかもしれない。 逆にKTV遊びの延長で考えるのなら、執着するのは得策ではない。適度な引き際でゲームを終わりにして、他のゲームに行くのが粋な遊び方というものだ。それに、うちの会社は中国から撤退するし、東欧という新しい話も飛び込んできている。まさにこれは潮時なのかもしれない。 帰国してすぐにSMSのサービスを解約し、メッセンジャーのソフトも削除した。 来来メールは解約申し込みをしても実際に契約終了するのは月末になる。でも、月末までの間に彼女からのSMSは一切来なかった。それまでは間が開いても1週間も経たないうちにSMSが届いていた。でも今回は一切なし。彼女も俺と同じように関係を終らせてもいいと考えている証拠だと思った。 ゴールデンウィークが終るころ、会社でいよいよ東欧支社を立ち上げる話が明らかになった。現地事務所の立ち上げチームが編成されることとなり、俺はメンバーの社内公募に申し込んだ。俺を含めて数人が応募したようで、選考することになったらしい。実際に決まるのは6月に入ってからになりそうだ。 彼女からの連絡は何もない。もっとも、連絡手段を全て解約してしまったのだから無理もない。未練がましくもメールが来るかなと淡く期待していた自分があったが、ずっと期待は裏切られつづけ、いつしかそれも諦めて平穏に戻ろうとしている自分がいた。 しかしそこに変化が訪れた。 6月に入って、全く突然に彼女からeメールが届いたのだった。 ![]() |
4-78.継続断念
2008 / 08 / 06 ( Wed ) ![]() 映画の後は夕食だ。彼女がおしゃれなイタリア料理の店に行きたいというので一緒に向かう。 上海まで来て何でイタリア料理なのか全然わからないが、もうこうなったら何でもありだ。ウェスティンの近くにある、一軒家を改装したようなイタリア料理店に二人で入る。2階の席に座って料理を頼む。さすがに洋食店だけあって英語が通じる。彼女は中国語で、俺は英語で注文をする。 やがて運ばれてきた料理を食べながら話をするが、何となく盛り上がらない。どこかでボタンを掛け違えてしまったのか、そもそも金をあげなくなったから彼女の態度が変わったのか。うまくいかない状態に何となく苛立ちながら食事を続ける。 「来月から西安に行くわ」 「お父さんの会社?」 「そう」 「通訳の資格は取れたんだっけ?」 「多分とれると思う。まぁとれなくても何とかなるわ」 まぁ就職が決まってるんだからいまさら資格がどうこうということもない。あるに越したことはないが、なければ仕事に困るという状況ではないので必須条件にはなり得ない。 前みたいに「西安まで逢いに来てくれる?」と聞かれたらどう答えようかと思った。俺はYesと言えるんだろうか?そもそも彼女はどう思っているんだろう。それに中国から撤退する俺の会社の状況から考えて、現実的な選択なんだろうか。未解決の問題がぞろぞろ出て来て頭が一杯になるのを感じた。 が、彼女はその質問を発することはなかった。ちらっと俺の方を見上げただけで、また食事を続けた。彼女はメインを2皿頼んでいた。一人で食べきれる量ではないが、彼女の大食癖を考えれば俺は驚かない。しばらくして彼女がまた顔を上げて言う。 「量が多いわ、少し食べてよ」 「いいよ、俺も腹いっぱい。食べ切れなかったら残せばいい」 個人主義的対応に慣れた俺は、つれなく言い放ってワイングラスを傾ける。 どうせ金は俺が払うんだし、彼女が食おうが食うまいが値段は最早変わらない。 でも、彼女はそんな俺を見ながら、 「食べ物を残しちゃいけないわ」 と言うと、黙々と食べ続けた。 ![]() ![]() ![]() 何となく会話が噛み合わないまま食事を終えて店を出る。 帰りのタクシーの中で彼女は疲れたようにため息をつくと、頭を押さえた。 「ちょっと肩こりが酷くて気持ち悪いわ。帰ったらマッサージに行ってくるから先に寝ててくれる?」 冗談かと思ってたら本当に行ってしまった。 マンションに残された俺はふてくされた。 何だか意固地になってさっさとシャワーを浴びると布団に潜り込んだ。 彼女が帰ってきたのは俺が眠りに落ちた後だった。 ![]() |
4-77.すれ違い
2008 / 08 / 05 ( Tue ) ![]() 久しぶりの彼女の部屋。 扉を開けたら中にいたのはタオル一枚で身体を包んだだけの彼女だった。 やる気満々じゃないかと逸る俺。彼女はシャワーブースに戻って扉を閉める。俺は荷物をいつもの様に窓際に置き、干してある洗濯物をかき分けて空いているハンガーを探して上着をかけた。 身体を拭いた彼女は下着を着け始めている。 なんだよもう。どうせすぐ脱ぐんだから着けなくていいのに。 などと思いながら自分の荷物を解く。彼女は支度を終えると、俺の方に振り向いて手を広げた。吸い込まれるように近づいて久しぶりの抱擁。細く締まった腰に手を回すと、彼女の全てを掌の内に取り戻したような気がする。ベッドの方に寄せようと少し体重を移動するが、彼女はまっすぐ立ったままだ。 微妙なせめぎ合いを繰り返しながら1分ほど抱擁が続く、そして身体を離すと彼女は言った。 「Where shall we go? 早くしないと日が暮れちゃうわ」 おいおい、外に行くのかよ。 がっくりする俺。 行き先を問われているが当然ながらノーアイデアだ。 そんなことになるとは完全に想定外だった。 言葉に詰まる俺を見て、彼女が言う。 「じゃ、映画を見ましょうよ」 映画かよ。話すらできないじゃないか。と思ったが代案も見つからない。一旦会えば感じられるものがあるだろうと思ってはいたものの、会って何かを仕掛けようという意図はあまり持ち合わせていなかった。受身で動く形になっていただけの俺は、何か違うと思いながらも彼女の動きに振り回されるしかなかった。 ![]() ![]() ![]() 例によって新天地の映画館。待っている間、彼女がiPodを取り出して耳にかけた。あなたも聞く?とばかりにイヤホンの半分を俺に渡す。それを受け取りながら彼女に聞く。 「iPod買ったんだ」 「ううん、貰ったの。お父さんに」 また新しいものを買い与えられたわけだ。以前、CDウォークマンを買って来いと言われて断ったのを思い出した。またおねだりしたんだろうな。で、俺以外の男がそれを聞いたわけだ。 少し無口になりながらイヤホンを受け取る。選曲をするのを一緒に見ると日本語の歌も入っているようだ。曲を選びながら彼女が言う。 「仕事が忙しいって本当だったの?他に彼女でもできたんじゃないかと思ってたわ」 それは俺の台詞だよ、と思うけれども言葉が出ない。 少し遅れて「そんなことないよ」と生気のない声で答えた。 そういう逡巡が彼女に間違ったメッセージを与えていることは想像がついたが、どうすることもできなかった。 ![]() |
4-76.小姐訪問
2008 / 08 / 04 ( Mon ) ![]() それから数週間の後に慌しく動きがあった。 結局交渉がまとまり、うちの会社は中国から撤退することになったのだ。 撤退処理で上海には何度も行ったが、彼女と会う機会は見つけられなかった。今までみたいな進捗確認だけのお気軽出張ではないのだ。いろいろな部門とのやり取りもあるし、出張そのものも一人じゃない。気心知れた中であれば途中で別れて自由行動もありだけど、現実には同行する法務や経理の介添え役をしなければならないし、そもそも法務の連中は俺が上海の人間と個人的に交友するのを極端に嫌がった。 正直、生活費の援助を終えた後に彼女とまともな関係を続けられるかどうか自信はなかった。でも彼女はそれに納得したと言ったし、その後も定期的にSMSが来る。 以前ほどの熱烈さはないとはいえ、もう一度会ってみたいとは思った。 でも、その逢瀬が実現できない。 理由は仕事のせいなんだけど、彼女にそれが伝わっているかどうかはわからなかった。 3月になって契約書のサインが終った週末の朝。俺は上海行きの航空券を持って空港に向かっていた。土日を利用して、自腹で彼女に会いに行くことにしたのだった。土曜の朝便で上海に入り、日曜の午後便で帰る旅だ。時間はないけれども、会って彼女との関係を確かめる上では十分だろう。 ![]() ![]() ![]() 空港でトイレに入り、トイレットペーパーを1ロール失敬する。上海に着いたら入国審査の列に並びながら彼女にSMS。通関を抜けて外の乗り場でタクシーを拾い、彼女のマンションに直行だ。数ヶ月ぶりの再会に胸が躍る。 マンションに到着して、サムソンの広告を流すディスプレイの前でエレベータを待つ。上に上がって白塗りの廊下を歩くと彼女の部屋だ。呼び鈴はならないのは分かっているので、白塗りの木の扉をどんどんと2回ノックした。 返事がない。 また2回ノックする。 ノックの音が誰も居ない廊下に響く。おかしいな、彼女はどこに行ったんだろう。SMSでは何も言っていなかったのに。 と、急に人の動く気配がしてドアの鍵が音を立てて開いた。扉が少しだけ開き、そこで止まる。不思議に思いながらドアを自分で開けて中を覗き込むと、タオル1枚で身体を覆っただけの彼女がこちらを見て舌をぺろっと出してバスルームに逃げ帰った。 おいおい、やる気満々じゃないのこれは(嬉) ![]() |


















